大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和53年(う)501号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人趙明を懲役三年に、被告人金信郎を懲役二年に、被告人辛明及び被告人西田主計をそれぞれ懲役一年六月に処する。

被告人らに対し原審の未決勾留日数中各一〇〇日をそれぞれその本刑に算入する。

押収してある鎖一本(昭和五三年押第二八二号の二)を被告人趙明から没収する。

理由

〈前略〉

三弁護人鏑木圭介の控訴趣意第一の一(原判示第二事実についての法令適用の誤ないし事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、刑法二二五条の二のいわゆる拐取者財物要求罪の行為主体は「人ヲ略取又ハ誘拐シタル者」に限られているところ、被告人らは河瀬捨夫を監禁したにとどまり、これを拐取したわけではないのに、原判決が第二事実として右の罪の成立を認めたのは、法令適用の誤ないしは事実誤認である、というのである。

調査するのに、原判決は、第一事実として、監禁及び恐喝未遂の事実を認定し、監禁の点について次のように判示している。すなわち、「被告人趙は、実弟の趙公一から、同人が関与している金融業マルマン商事と同じく金融業三興社が河瀬捨夫(当時四五年)に対してマルマン商事は八四万円、三興社は五一万円計一三五万円の債権を持つているが、河瀬の債権者には暴力団関係者もおり、きわめて取立が困難なので何とかしてくれと依頼され、右河瀬方に赴いたところ店舗は債権者に占領されている上に破産宣告もうけた等と聞くにおよんで、このうえは右金員を取立てるために同人を拉致監禁して右債権取立名下に金員を喝取しようと企て、昭和五二年一二月一二日午前九時四〇分ころ、大阪市北区木幡町一番地先路上において、右河瀬を待ちうけ、『債権者の一人だがちよつと事務所まで来てくれ』と言つて、同人の腕をつかんで付近にとめてあつた自己の運転する普通乗用自動車の後部座席に同人を無理に乗車させて発車し、途中同市平野区平野市町二丁目四番一五号の被告人辛方で、同被告人が管理している同区平野東一丁目九番二〇号コーア商会の事務所の鍵を借用すると共に、同被告人および偶々前夜来辛方に止宿していた被告人西田、同金を同乗させて、同日午前一一時ころ右事務所に至り、河瀬を同事務所奥六畳の間に連れこみ、同人が前記二社に対して振出していた額面合計一三五万円の小切手を示して返済方をせまり、『金を払わんと帰さん。ここは刑務所と同じや。逃げようなどと思うな』『隣りは警察に言う家ではない。なんぼわめいても駄目だ』などと申しむけるや、その場に同席していてこれを聞いて被告人趙の前示企図を察知したその余の被告人等も被告人趙の右犯行に協力加担しようと決意し、よつて互に意思を通じて共謀のうえ、……同夜は被告人等の監視のもとに同事務所に同人を止宿させ、翌一三日午後六時ころには、被告人金のみを残してその余の被告人らが一時外出するに際して、同人の首を鎖で縛り、一方の端を便器や長椅子の足にくくりつけて逃走を困難にする等して互に監視を続け……、同日午後九時ころには、同人をガムテープで目隠しをしたうえ、前記趙公一が管理している同市住吉区南住吉町二丁目二五番地サンハイツ長居六階三号室に連れこんで止宿させ、翌一四日午前一一時すぎころ再度前記コーア商会事務所に連れもどして翌一五日午前一一時二〇分ころまでの間継続して互に同人の見張りを続け、もつて前記乗用自動車内サンハイツ長居六階三号室内およびコーア商会事務所内にとじこめて監禁した」というのである。そして、原判決は、第二事実として、いわゆる拐取者財物要求の事実を認定し、次のとおり判示している。すなわち、「被告人等は右のように河瀬に対して金策返金をせまる一方同人を右のとおり債権取立の目的で拉致監禁して自己の実力支配下におきもつて同人を略取しているのを奇貸として、同人の妻に対し、夫の安否に対する憂慮に乗じて金員を要求しようと企図し、互に意を通じて共謀のうえ略取している河瀬をして、同月一三日午後六時ころから翌一四日午後一〇時ころまでの間、約八回にわたり、前記コーア商会の事務所から同人の妻の実家である同市住之江区御崎二丁目九番九号小泉ミツ子方に電話させ、同月一二日以来連絡のとれなくなつた夫の安否を憂慮している河瀬の妻河瀬登美子(当時四七才)に対し、『マルマン等に返す金を作つてくれ。金を作らないとここから出られない。兄貴や姉に頭を下げて作つて来てくれ』『頼む。出来るだけのことはしてくれ。俺はもうあかんねん』などと哀願させ、更に同月一四日午後一〇時ころ被告人西田において、前同様電話で右登美子に対し、『奥さんも一生懸命金を工面しているんやろうけど、わしらも実際金を手にせんことには信用できん。たとえ二〇万円でも三〇万円でも出来た時点で場所を指定してくれたら、こちらから誰か取りに行かす。その誠意がなかつたら、主人の話相手もせんならん。主人が可愛想だと思つたら吹田の兄さんに頼んだらどうや』等と申しむけて、もつて、被略取者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物の交付を要求し」たというのである。これを要するに、原判決は、恐喝の目的で河瀬を監禁している行為が同時に営利略取の行為にあたるという判断に立ち、右コーア商会の事務所に河瀬を連行した被告人趙はもとより、その後に恐喝、監禁の行為に加担した他の三名の被告人もまた、人を略取した者にあたると解し、被告人ら全員に対して拐取者財物要求罪の成立を認めているのである。

そこで、営利略取罪の罪質について考えるのに、同罪は、暴行又は脅迫を用いて人を自己又は第三者の実力支配下に移し、その移動の自由を制限することを処罰する趣旨のものであるから、被略取者に対して右の実力支配を設定する行為のみをその対象としているものではなく、右の実力支配を維持する行為をもその対象としているものと解するのが相当である。すなわち、同罪は、暴行又は脅迫によつて人を自己の支配下に移した段階で既遂に達するけれども、その後も右の支配が続く間はその犯罪行為が継続している継続犯であると解されるのである。そして、監禁を手段として営利略取が行われた場合においても、もとよりその法律関係に変りはなく、この場合監禁罪と営利略取罪が成立し、両罪は観念的競合の関係にあるものと考える。刑法二二七条の拐取幇助罪等の規定のあることは、必ずしもこのような解釈の障害となるものではない。

そうだとすると、被告人らはいずれも人を略取した者に該当することが明らかであるから、原判決が被告人らに対して拐取者財物要求罪の成立を認めたのは正当である。論旨は理由がない。

四弁護人鏑木圭介の控訴趣意第一の二(原判示事実についての法令適用の誤ないし事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、刑法二二五条の二第二項にいう「其財物」とは「近親其他被拐取者ノ安否ヲ憂慮スル者」が現に占有する財物と解すべきところ、被告人らは、河瀬登美子が現に占有する財物を交付するよう要求したのではなく、その夫捨夫の兄や姉から夫の借金の返済資金を借り受けて交付するよう要求したに過ぎないから、原判決が第二事実としていわゆる拐取者財物要求罪の成立を認めたのは、法令適用の誤ないしは事実誤認である、というのである。

しかしながら、刑法二二五条の二第二項が「其財物」という要件を定めているのは、被拐取自身又は第三者の財物を交付させ又はこれを要求する行為に出た場合を処罰の範囲外とする趣旨であつて、「近親其他被拐取者ノ安否ヲ憂慮スル者」が現に占有する財物に限定する趣旨ではなく、その者が事実上処分することのできる財物を広く意味するものと解するのが相当である。したがつて、その者が拐取者の要求に応じるために他から入手するなどして処分を委ねられた財物もこれに含まれるというべきであり、そのような財物の交付を要求した被告人らに対し拐取者財物要求罪の成立を認めた原判決は正当であつて、同判決には所論のような法令適用の誤も事実誤認も存しない。論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(瓦谷末雄 香城敏磨 鈴木正義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例